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大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)2903号 判決 1969年8月06日

原告 大西増治郎

右訴訟代理人弁護士 福井秀夫

被告 佐坂安治郎

右訴訟代理人弁護士 片寄秀

同 上辻敏夫

同 松田定周

右訴訟復代理人弁護士 中村嘉男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金二七二、〇三四円およびこれに対する昭和四一年六月一三日より完済まで年五分の金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

一、被告は昭和四〇年一月七日その所有する奈良県吉野郡川上村大字井光字中平、同神谷所在の約一三町歩の山林売却の周旋を原告に委託し、原告は同日これを承諾した。そして原告が受任事務の処理を開始した後、被告は同年六月二九日原告に対し右委任契約解除の意思表示をしたから、山林の売却ができないまま、同日委任は終了した。

二、本件委任契約においては、山林売買の仲介に要する一切の費用は勿論、少くとも日当金二、五〇〇円の報酬を支払うべき旨の特約をした。そして原告は別表記載のとおり六九日間受任事務の処理に当ったから、一日当り金二、五〇〇円の割合で計算した金一七二、五〇〇円の報酬債権を取得した。

三、仮に本件委任契約には報酬についての特約がなかったとしても、原告は材木の売買、山林売買の仲介等を営業とする商人であり、前記委任事務はその営業の範囲に属し、原告はその事務処理に奔走したから、相当の報酬を請求しうる。そしてその相当額は金一七二、五〇〇円である。

四、仮に二、三の主張が理由なく、報酬は山林の売買契約が成立した場合に請求しうるものであるとすれば、原告はその報酬が得られることを予定して別表記載の六九日間本件委任事務の処理に専念したため、他に収入を得ることができなかったのであり、原告において山林売買の周旋中前記のとおり被告が委任を解除したことにより、原告は六九日間に得たはずの収入金一七二、五〇〇円(一日当り金二、五〇〇円)を得られない結果となり、同額の損害を蒙った。

五、原告は本件委任事務を処理する必要上、別紙記載のとおり交通費金五〇、三三〇円、食費金二八、二五〇円、宿泊費金一二、五〇〇円および受任期間中市外通話料金八、四五四円合計金九九、五三四円を支出した。

六、よって被告に対し報酬もしくは損害賠償金一七二、五〇〇円および費用金九九、五三四円ならびにこれらに対する訴状送達の日の翌日である昭和四一年六月一三日より完済まで年五分の遅延損害金の支払を求める。

七、なお、原告は山林売買の周旋中、被告からその主張の盗伐事件について相談を受け、若干これに関与したことはあるが中途で手を引き、被告からその費用等を受領したことはない。

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。

一、原告主張の事実中、一、二の事実は否認し、三の事実は不知、四、五の事実は争う。

二、被告は山林売買の周旋を原告に依頼したことはない。ただ被告が昭和三九年九月一六日その所有する川上村大字井光の伐倒木を代金二、八五〇、〇〇〇円で森口弘に売渡した際、森口が代金の内金二〇〇、〇〇〇円を支払わず、かつ、被告の立木を盗伐したので、被告はその対抗措置を原告に相談したことがあり、結局昭和四〇年六月三〇日森口との間で和解が成立し、右の問題は解決したのであるが、原告主張の費用等は右盗伐事件の処理に関するものであろう。なお右盗伐事件についての原告の行為は弁護士法第七二条に違反し、被告に対し報酬を請求しえないのであるが、被告は同年七月七日原告に費用および謝礼として金五〇、〇〇〇円を支払った。

立証≪省略≫

理由

一、≪証拠省略≫によれば、被告は奈良県吉野郡川上村大字井光に山林を所有し、昭和三九年九月頃その山林の一部伐倒木を森口弘、矢木滋三に売却したが、同年一一月頃被告の従兄弟土居シカに対し同人と懇意の間柄にある原告を紹介してほしい旨依頼しておいたところ、昭和四〇年一月七日頃シカの子千代子が原告を案内して被告方に赴いたので、原告に対し右山林の残存立木および地盤(以下本件山林という)の売却の周旋を依頼し、原告はこれを承諾したことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫したがって原告と被告の間に本件山林売買の周旋を内容とする準委任契約が成立したものというべきである。

二、そこで右周旋についての報酬について検討する。

まず原告は右契約において被告は報酬として少くとも日当金二、五〇〇円の割合で計算した金員を支払う旨約したと主張するが、これを認むべき証拠はなく、却って原告本人訊問の結果によると報酬については何等の約束もなかったことが認められる。

次に≪証拠省略≫によれば、原告は木材等の売買のほか木材売買の周旋の引受を営業としていること、その周旋する売買の当事者は少くとも一方が材木商、木工業等の商人であり、したがってその売買は商行為であるのを通例としていることが認められるから、被告は商法上の仲立人(商人)であり、かつ、本件山林売買周旋の引受はその営業の範囲に属するものというべきである。したがって原告の周旋によって本件山林の売買契約が成立したときは、特約がなくても、原告において被告に対し相当の報酬を請求しうるわけである。ところが、本件山林について売買契約が成立していないことは被告本人訊問の結果により明らかであるから、原告は未だ被告に対し報酬を請求しえないものといわざるをえない。

三、さらに原告は被告が原告にとって不利益な時期である昭和四〇年六月二九日右準委任契約を解除したため損害を蒙ったと主張するが、被告が右契約を解除したことを認めるに足る証拠はない。すなわち、≪証拠省略≫を考え併せると、被告が本件山林売買の周旋を原告に委託してから間もなく、本件山林の一部立木が盗伐されていることが判明し、そのため、被告においてその被害を回復するにつき原告の尽力を求めたので、原告は被告のため、加害者と目される前記森口弘と損害賠償について交渉し、或は警察関係者に陳情し、或は被告、弁護士と打合せるなど、その解決に奔走し、結局同年六月三〇日森口が被告に謝罪し、賠償金を支払って解決したが、右盗伐事件につき被告が原告に対して払う謝礼をめぐって両者の間に確執を生じ、事の成行上、原告は爾後本件山林売買の周旋行為をしなくなったにすぎないことが窺われ、被告が仲立契約を解除する旨の意思表示をしたことを認むべき証拠はないのである。したがってその余の点について判断するまでもなく、原告の損害賠償の請求もまた失当である。

四、最後に費用の点について判断する。

≪証拠省略≫と原告提出の訴状添附の別表No.1ないしNo.3の記載を考え併せると、原告は(一)本件山林の売買を成立させるため、取引物件たる山林を現地について確かめ、買受希望者を勧誘し、現地に案内し、これと交渉し、売主と打合せ、折衝するのに、旅費通信費を支出し、また、(二)前記盗伐事件についての交渉、陳情、打合せの旅費通信費等を支出したことが窺われる。そして前記三の事実に徴すると、(二)の費用は本件山林売買の周旋の委託とは別に、被告から盗伐によって蒙った被害の回復について尽力方を依頼されこれを処理するため原告が支出したものであって、本件山林売買の周旋に必要な費用とは到底認められない。

ところで、(一)の費用は山林売買の周旋に伴い通常生ずる出費であるが、以下これについて検討する。受任者が委任事務を処理するために必要な費用を支出したとき、委任者に対してその費用および利息の償還を求めうることは、民法第六五〇条の定めるところである。しかし、仲立営業においては、周旋事務の処理に通常必要な旅費通信費等は、その営業のためのいわば経費とみるべきものであって、一般には営業者が負担すべきものと考えられ、特約又は慣習のない限り、仲立人は、その周旋によって仲立契約に定められた契約が成立した場合においても、成立しないまま仲立契約が終了した場合においても、その成否未定の間においても、委託者に対しその償還を求めることはできないものと解するのが相当である。そして本件の場合、(一)の費用についてその償還を求めうる特約のあったことも、慣習の存在も、これを認むべき資料がない。

したがって原告の費用償還の請求もまた理由がない。

五、よって原告の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 石川恭)

<以下省略>

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